
「MVVを発表したのに、現場の行動は何も変わっていない」「研修を開いても、その場限りで終わってしまう」。MVVを策定した企業の多くが、次にぶつかるのがこの壁です。前回の記事では、MVVは「つくる」ものではなく、自社の歩みのなかから「見つける」ものだとお伝えしました。しかし、見つけた言葉も社員一人ひとりの心に届かなければ、組織は動きません。本記事では、MVVを社員の「自分ごと」にするための浸透ワークショップについて、その目的と具体的な5つのステップ、成功させるための対話のポイントを解説します。
なぜMVVは発表しただけでは浸透しないの
「知っている」と「使える」は違う
社員に「当社のMVVを知っていますか」と尋ねれば、多くの人がうなずくでしょう。しかし、仕事で迷ったときにMVVを思い出し、判断の拠り所にしている人はどれだけいるでしょうか。浸透とは、言葉を覚えることではなく、日々の行動のなかで自然に使われている状態を指します。
一方通行の説明会や研修が浸透につながらない理由
経営者がMVVに込めた思いを説明し、社員がそれを聞く。この形では、MVVはどこまでいっても「会社の言葉」のままです。社員が自分の経験や価値観と結びつけて考える機会がないため、理解はしても、納得して自ら動くところまでは至らないのです。
浸透ワークショップの目的:MVVと「自分の物語」を結びつける
ワークショップで目指すゴール
浸透ワークショップのゴールは、社員が「会社のミッションと自分のミッションには重なるところがある」と実感することです。そのために、会社のMVVを説明するより先に、まず社員一人ひとりが自分自身の物語と向き合うことから始めます。自分が何を大切にしているのかを知っている人だけが、会社の言葉を自分の言葉として受け取れるからです。
なぜ「対話の場」が浸透に効くのか
人は、他者に語ることで自分の考えをはっきりと自覚します。また、同僚の物語を聴くことで、同じ会社で働く仲間がどんな思いを持っているのかを知ります。一人で資料を読むだけでは得られないこの体験が、MVVを「自分たちのもの」へと変えていきます。
MVV浸透ワークショップの進め方5ステップ
ワークショップは、「自分の物語」から「会社の物語」へ、そして二つの「共通項」へと進めます。会社のMVVに触れるのが後半になっているのが、この進め方の特徴です。
ステップ1:自分に関する価値観エピソードを語る
「仕事でいちばん手応えを感じた瞬間は?」「どうしても譲れなかったことは?」といった問いをきっかけに、自分の価値観が表れた出来事を語ります。正解はありません。小さなエピソードにこそ、その人らしさが表れます。聴き手は「そのときどんな気持ちだったのか」を尋ね、出来事の奥にある価値観を一緒に探していきます。
ステップ2:自分に関する物語を構築してみる
語ったエピソードをつなぎ合わせ、「自分はどんな経験を経て、何を大切にするようになったのか」を一つの物語としてまとめます。ばらばらだった記憶がつながると、自分の働き方の軸が見えてきます。第1回で紹介した企業の物語と同じく、「始まり」「乗り越えてきたこと」「これから目指すこと」を意識すると、物語を組み立てやすくなります。
ステップ3:自分に関するミッション・パーパスを策定
物語から見えてきた軸をもとに、「自分は何のために働くのか」を短い言葉にします。会社のMVVと同じように、個人にもミッション(パーパス)があることを、自分の手で体験する段階です。整った文章でなくても構いません。本人が納得できる言葉であることが何より大切です。
ステップ4:会社のMVVの物語を知る
ここで初めて、会社のMVVに触れます。伝えるのは言葉そのものより、その言葉が生まれた物語です。創業の契機や乗り越えてきた困難を知ることで、MVVは「上からの言葉」ではなく、誰かの経験から生まれた言葉として届きます。直前に自分の物語を組み立てた参加者には、会社の物語も同じ「物語」として自然に受け取れるはずです。
ステップ5:会社と自分のミッションの共通項を見つけ、発表する
最後に、自分のミッションと会社のミッションを並べ、重なるところを探します。見つけた共通項を自分の言葉で発表することで、「この会社で働く意味」が本人のなかで確かなものになります。他の参加者の発表を聴くことで、同じMVVにも人それぞれの重なり方があることに気づき、チームとしての一体感も生まれます。
ワークショップを成功させる対話のポイント
正解を求めず、「無知の姿勢」で聴く
語り手の話を評価したり、「それはこういうことだね」とまとめたりしないことが大切です。先入観を持たず、相手の物語に興味を持って聴く姿勢を、ナラティブ・アプローチでは「無知の姿勢(Not-Knowing)」と呼びます(詳しくはコラム「ナラティブ・アプローチとは?」をご覧ください)。安心して語れる場があってこそ、本音のエピソードが出てきます。
経営者・役員が自ら語り手になる
経営者や役員が、自分の失敗や迷いも含めて物語を語ると、場の空気は大きく変わります。上に立つ人が胸襟を開くことで、社員も「ここでは本当のことを話してよい」と感じられるようになります。
一度きりのイベントで終わらせない
ワークショップで生まれた気づきも、日常に戻れば薄れていきます。1on1や朝礼、評価面談など、日々の場面でMVVと自分の物語を語る機会を繰り返しつくることが、浸透を確かなものにします。
まとめ:MVVは語られるたびに組織に根づく
MVVの浸透とは、会社の言葉を社員に覚えてもらうことではありません。社員一人ひとりが自分の物語と向き合い、そのなかに会社の物語と重なる部分を見つけることです。自分の言葉で語られたMVVは、語られるたびに組織のなかに深く根づいていきます。まずは少人数のチームで、「仕事で手応えを感じた瞬間」を語り合うところから始めてみてはいかがでしょうか。
次回予告:MVVを社外へ発信し、共感を広げる方法
次回は、社内に根づいたMVVを採用や広報など社外への発信に生かし、共感の輪を広げていく方法を解説します。